モレロス州立自治大学工学研究・応用科学センター

シミュレーションを活用し、世界最小のテレビアンテナを開発

メキシコでは、テレビは最も重要な通信メディアの1つです。しかし、遠隔地に放送信号を届けるのは、ときに困難を極めます。

こうした事情から、メキシコのモレロス州立自治大学(UAEM)の工学研究・応用科学センター(CIICAp)は、Margarita Tecpoyotl-Torres 博士の指揮の下、アンテナ信号の安定化プロジェクトに乗り出しました。その結果、取り付けが簡単で、価格も手頃な超小型アンテナの開発に成功しました。このアンテナは、発展途上国の都市部から離れた遠隔地にテレビ放送を伝送できる可能性も秘めています。安価なアンテナによって、貧困層が教育を受けたり、文化や娯楽を楽しんだりする機会が生まれるかもしれません。

テレビアンテナ

従来のテレビアンテナには屋内用と屋外用があります。屋内用は、たとえばダイポールアンテナです。これは“ウサギの耳” のような形をしていて、テレビの上または横に置くことで信号の受信を助けます。 八木・宇田アンテナ(通称、八木アンテナ) は屋外用です。導波器をテレビ塔に向けることで、高い感度で信号を受信できます。 UAEMアンテナの正体は、アナログ・デジタル放送チャンネルを受信するアンテナを2つ並べたアレイアンテナです。Tecpoyotl- Torres 博士によれば、UAEM アンテナは小さな四角形の装置で、マストなしで屋根に固定できるだけでなく、気温が非常に低い環境でも動作します。

屋内使用も可能で、アンテナ分配器を噛ませれば複数のテレビに接続できます。使用には、電気も電源も必要ありません。

こうした強力な性能にもかかわらず、寸法は縦11cm、横7cm、厚さ6.5mmと小型で、本体のみの重量は12g です。カバーを付けても80g にしかなりません。Tecpoyotl- Torres 博士によると、UAEMアンテナ以前の従来型のアンテナは、最も小型のものでも30cm 四方はありました。

設計検討

プロジェクトを開始したのは数年前のことです。当初の目標は、必ずしも世界最小アンテナを設計するということではなく、ケーブルテレビを利用できない層向けに低価格の代替策を開発することでした。博士らは、より良い無線デジタル信号受信機の実現を目指したのです。

その目標に向けて、Tecpoyotl- Torres 博士と学生たちは、アンテナ設計、素材、アンテナカバー(レドーム)を集中的に研究しました。

様々な設計の選択肢があるなかで、博士のチームが選んだのは“パッチアンテナ” です。四角形の輪郭をしたパッチアンテナは、金属の接地板、誘電体、金属素子を下から順に積み重ねた構造をしています。部品の配置も形状も幾何学的に単純なので、最適な周波数応答を見つけるために、素子を追加したり設計を最適化したりすることができました。

パッチの素材は独自のもので、レドームの素材も同様です。パッチの素材を明かすことはできないものの、Tecpoyotl-Torres 博士はレドームの素材について説明してくれました。その素材は、信頼性が高く、軽量かつ安価で、屋外での耐用年数は10 年に及ぶそうです。

「非常に正確でパフォーマンスにも優れ、様々な場面で 信頼性を発揮することから、設計のシミュレーションにはAltair Fekoを使用しています。計算テクノロジーと使いやすいUIにより、複雑な設計でも簡単にシミュレーションと最適化ができます。Fekoの導入で、試作品開発の時間とコストを削減できました」
— Dr. Margarita Tecpoyotl-Torres

「シンプルな形状のアンテナ、アンテナ素子、そして選び抜いた高品質素材を組み合わせることで、最終的な結果に結びつきました」とTecpoyotl-Torres 博士は語ります。「最も重視した設計パラメータは反射係数です。反射係数の改善により、アンテナで良好な応答を得られました」

開発の必須ツール

UAEM は、数年前にAltair から、電磁界シミュレーションソフトウェアであるAltair Fekoの使用ライセンスを取得しました。Fekoでは、3D アンテナ設計、アンテナ配置、電磁両立性、レドームレイヤーなどの解析が可能です。

シミュレーションツールを採用する以前は、アンテナ設計の大部分を手探りで制作していました。しかし、コンセプトを作り、特殊なチャンバー内で値を測定し、実機を試作する場合、多大なコストが発生しかねません。そこでシミュレーションツールを導入することにより、コンセプトを迅速に作成および最適化できるようになりました。

今では、チャンバー内で何度も実験を繰り返すことなく、材料と形状の仮想実験を実施できます。こうして“優れた” コンセプトを特定してから、実機を試作してチャンバー内で設計の検証を行っています。

Tecpoyotl-Torres 博士は次のように説明します。「非常に正確でパフォーマンスにも優れ、様々な場面で信頼性を発揮することから、設計のシミュレーションにはAltair Feko を使用しています。計算テクノロジーと使いやすいUI により、複雑な設計でも簡単にシミュレーションと最適化ができます。Feko の導入で、試作品開発の時間とコストを削減できました」

アンテナ(2015 年に特許を取得)の開発は、スピンオフ企業であるInntecver 社の設立につながりました。同社は、この新技術の商用化と大量生産の機会を模索しています。研究チームはヨーロッパ市場にも注目していますが、ヨーロッパでは屋内用への関心が高いため、アンテナの修正が必要になると見られます。

次なる目標︓GPS

テレビアンテナの設計に加えて、Tecpoyot l-Torres 博士らのチームは車載GPS 用の小型アンテナ設計についても研究しました。人工衛星を利用して位置をピンポイントで特定するGPS 装置は、移動時間、燃料消費量、排気量の削減につながります。

車載GPS はメキシコでは4 年前に導入されたばかりで、まだまだ普及していません。そこでTecpoyotl-Torres 博士のチームは、GPS アンテナの最適な車載位置を研究することにしました。調べたのは、レドームなしの場合とアクリル製レドームありの場合のアンテナ性能です。この調査の重要なポイントは、アンテナ単体ではなくシステム全体の性能を評価することでした。システムを総合的に調べることで、設計対象の素子の応答をより正確に把握することができます。

Tecpoyotl-Torres 博士の研究チームは、特殊なフィードポイントを備えた、動作周波数1.57 GHz の円形パッチアンテナを設計しました。基板には、高周波数用の積層基板RT/Duroid 5880 を使用しました。

測定点はキャンパス内の3 箇所に設置し、その結果をGarmin のGPS と比較しました。

初めにFekoで簡単な車両モデルを作って車載アンテナを解析し、次に、自動車メーカーから提供されたCADジオメトリをFeko にインポートしました。しかし、非常に詳細なCAD モデルだったため、ジョブの結果が出るまで1 週間かかりました。

解決策として、研究チームはFeko 内でCAD モデルの簡略化を行い、解析に影響しないナットやボルトなどの部品を取り除きました。これにより、正確性を一切落とすことなく、半分の時間でジョブを完了できました。

博士のチームはシャーシタイプ別の影響を解析するために、標準車両モデル(BCM)、簡略化した高度な車両モデル(SACM)、大幅に簡略化した高度な車両モデル(MSACM)という、3つの車両モデルを用意しました。さらに、円偏波(この場合は電場の振動の仕方)のアンテナ利得(アンテナの指向性)も調べました。

この研究活動を通じて、チームは非常に多くの学びを得ました。たとえば、SACM とMSACMのシミュレーションでは、車両のルーフ中央にアンテナを配置したときに利得が最大になることがわかりました。しかし実際の車載アンテナは、空力性能を考慮して車両後部に設置されることが多く、ときにはトランクの上ということもあります。

固定点でGPS キットを用いて行った実機試験の平均値を求めた結果、今回の試作機は、既存のアンテナに代わる装置として妥当な応答が得られるという結論に達しました。車両を用いた実用的な計測実験の結果も、満足の行くものでした。計測点はすべてキャンパスの円周上に位置しており、Google Map を使って指定したサンプリング地点に当たります。

最近では、GPS 向けの新たなアンテナ設計を開発しました。その1つは五角形の形状で、単体で円形アンテナよりも大きな利得が得られます。

Tecpoyotl -Torres 博士は次のように総括しました。「Altair Feko の最大のメリットは作業時間を短縮できたことだと思います。設計時間が他のソフトウェアの半分になり、コンセプト設計から製品完成までのプロセスを、迅速かつ低コストで実現できました」

Altair のアンテナやGPS への応用方法の詳細については、www.altairjp.co.jp/feko/ をご覧ください。

超小型テレビアンテナ

長方形車両上部のGPS アンテナ

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